自分の本音を語ることの勇気と忘れられる権利

佐々木ののかさんのnoteの独白を読んだ。自分の過去を遡って、何回も消しゴムで消した後をもう一度なぞるように傷跡、痛みを描いていくこと、とても勇気が要ることだったし、エネルギーを沢山使うことだったと思う。

そして、死ぬ少し手前まで落ちていって、少しずつ自分の心に明かりをともしていった様子がいきいきとイメージできた。

Googleでエゴサーチすると、過去の写真がずらずら出てきてしまう。塾長が「おめでとう、がんばったね」とコメントしている記事とか、留学に行ったり、ご飯を色々作ったりしている記事。顔写真が沢山あるので、この時は自分を見失い、軽く見捨てようとしていたのかなといったことが思われる。

でも、独白したからこそ、過去にあった色々な出来事の痕跡を忘れてもらう権利が佐々木さんにはあると思う。もう余計なこと、過去にあったことを無理矢理ほじくりかえしたりされる必要なんかないのだ。

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走ることに疲れた

上司に「俺なんか見学の時に悪いこと言ったかなあ」とおっしゃっていたので、「◯さんの言葉が就職のきっかけになりましたよ!」と応えた。一字一句は思い出せないのだけど。

今の職場でなければ、患者さんとここまで時間をかけてお話をしたりすることもなく、今よりもただ作業を続けていく側面の方が強かったかも知れない。

1年目の夏、まだ自分がやりがいを見つけられていなかった頃、CTを撮りに来た患者さんの足をぶつけてしまった。クレーマー気質だったその人は、僕のことを人事に連絡したらしい。次やったらくびだねと言われた。

それから、患者心理について色々と考えた。本を読んだ。

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今も昔もきっと、患者心理は変わらない。自分が弱くみじめで、訳の分からない検査にまいどまいど付き合わされてだんだん疲れていってしまう。そして、いつ治るのか、いつ帰れるのか見込みがつかない。外来の方も自分がこれからどうなってしまうんだろう、という不安と恐怖を抱えて、自分をきちんと構ってくれない人にぶつかってしまう。ただそれだけのことだった。

だったら、前より少し構ってあげられる人になりたいな、と思って1年半過ごした。

でも、結局とっさの判断で自分でも何をしでかすか分からない人が何年いてもそこまで変わらないのではないかと思った。

自分のエゴと正論とを戦わせてみて、最後は自分のエゴを通してみようと思った。

周りのエゴの見えない返り討ちに遭っているが。

普段はにこにこしている係長が「次からは頑張らないとだめだよ」と全く顔色を変えず、左肩を強く握って言った。ただ、だいぶ前から「次」は始まっていたし、「頑張る」も違う。

ただただ自分の中で降って湧いてきた言葉に対して嘘をつかないよう勇気を絞っていくだけなのだ。降って湧いてこいと「頑張る」と余計におかしくなるだけだ。

 

 

 

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逃げなんじゃないのといわれたら全力で逃げていると言わざるを得ない。だって逃げた先の方が楽しいから。

仕事が上手くいかないから辞めるんだろと言われた。上手くいかなかったことが無いから、にっちもさっちもいかねえな、と思った時にずるずる行くのをやめようという心境にならないのだ。

だいたい、本業をやりながら、自分がやっているプロジェクトも本気でやってくださいなんて、すでに結構無理筋だ。。3時過ぎまでかけてメディア向けの記事を書いて、次の日にはふらふらになりながら職場に行くのだ。日中まともな仕事が出来る訳が無い。危ない。

結局、どれもこれもということは出来ないのだ。

その時その時出来そうなことをやり、これ以上やっても先が見えないな、ということを切り捨てていく、ということしか出来ないのだ。

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ハイパーリンク漫画

http://intercomicmagazine.blogspot.jp/2016/01/blog-post.html

ハイパーリンク漫画というのを考えた。要は色んなプロットがあって、色んな話の筋が入り乱れていく。でも、タブやカテゴリーを拾えば、それぞれの流れが掴めるみたいなことをやりたかった。

また、しっかりやりたいと思っています。

https://note.mu/tamerepo/m/m723541a471dc

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出会った頃から別れる事を考えていた

年末に手紙を出した。1月から休職し、3月末で退職したいという内容の手紙。休職の為には上長と相談した上で書面作成する必要があるけど、口頭で説得する元気も無かったので、書面で速達にて送った。

結果的に今は上長からは承認を頂いていて、いつでも書類を出せば退職が受理される立場になっている。

この決断をするに至った原因は「技師として必要な素質が自分には無かった」こと。

2016年4月に入職した頃から色んな方に沢山ご迷惑をおかけした。時には喧嘩をしたり、厳しくも温かいご指導を頂きながら、一人前の技師になれるように育てて下さった。

ただ、折角ご指導を頂きながら、人と同じようにいかなかったり、頑張ってもうまくいかないことが多く、「何故この仕事を選んでしまったんだろう」と毎日思っていた。

自分の良い面、悪い面を自分なりに分析し、患者接遇の面では「10年通ってきて一番丁寧に対応して頂いた」というようなお声を頂くなど、一定の改善は出来た。

ただ、「いざという時に頭がフリーズしてパニックになる」という致命的な欠点は、どうやって改善すればいいか結局最後の最後まで分からなかった。

人の命が関わる場面で、たった一人で判断しなければいけない時、万一当直に入ることを許されたとしても、見知らぬ誰かを不必要に命の危険に曝す可能性がある。あと1~2ヶ月で、まして何年経てば改善出来るのか、全く見当がつかない。

もともと「どうして技師を目指したのか?」ということも今一度考えてみた。僕は元々どうしても技師になりたいと思って技師になった訳ではない。元々医療関係者である両親のアドバイスのもとにだいたいの人生設計を築いてきた。教育でも不自由したことはない。いわば僕の「筆頭株主」だった。

私が前職を2年で辞めることになり、職探しをしていた時に「放射線技師はどう?」と言われたのです。その時、既にどうしても行きたい一社から内々定をもらっていました。しかし、「そんなどうしようもない会社に行ってどうするの」と悲痛な顔で母親に反対された時、「自分がやっている選択は間違っているんじゃないか」と悩み、行きたかった内定を3月に蹴って、専門学校の最後の入学試験を受けました。

それから、無事に専門学校を3年で卒業して入職して2年近く経ちました。技師の学校に通っている時も、自分から様々な勉強会などに参加して、沢山の医療関係者や患者さんに話を伺いました。技師は自分のスキルを磨くことで患者さんの診療に貢献出来る仕事だということも分かってきました。

ただ、それでも「何故自分の行きたかった人生を歩まなかったんだろう」という思いは年を重ねるごとに増していきました。入職してからも、結局誰にも相談することは出来ませんでした。

一方で、内々定を頂いていた業種の話をその後もたびたび耳にしたり、手伝ったりする中で、どうしてもそちらの方が楽しく感じられました。

現在の自分の立場を上場してたの企業に置き換えると、上場後に株価が下げ止まりし、塩漬けになっている状態だと思う。一緒に仕事をしている関係者や両親の為に頑張ってきたけれど、なかなか先が見えなかった。

だとしたら、一度『上場廃止』して、自分の為に時間を使い、今まであまり出来なかったことに取り組みたいと思った。

「当直に入れなければ常勤で勤めることは出来ない」ということは、どのみちいつか退職をせざるを得なくなるだろう、であれば、方向修正するには今決断したほうがよいのではないか、そう思った。

以上に挙げた理由から、もう今の仕事をしたいという心からの気持ちが無くなり、これ以上頑張ることは出来ないなと思い、休職と退職の意思を固めるに至った。

2月、3月にプレ助勤とプレ当直の予定を組んで頂いたなか、急なご連絡で大変申し訳ない。でも、もう精神的にもかなり限界が近づいていて、たとえ迷惑をかけてもこうするしかない、という結論に至りました。

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反転

今日、上長に呼ばれて、3月までに当直が出来るかどうかチェックすると言われた。それ次第で辞めてもらうかもしれないとほのめかされた。

ここで、自分は色んなことを考えた。頑張らなきゃともう無理して頑張りたくない。

そもそも放射線技師は親父に連れられて病院を見学した時から俺には向いてないなと思った。こんな仕事につくのかよ、3年もかけて、無駄な時間だな。卒業したら27歳だ。どうにもならないな。やばいな。そのまま30かよ。

そんな無理して時間かけて特に向いてない仕事について、俺の人生なんなんだろう。と思った。無駄だった。

自分で行きたいと考えて見つけた志望先に就職することは諦めてしまった。あなたは他人から訴えられている会社に就職するの?と言われて答えられなかった。でも直感では新しいトレンドを作ろうとしている会社や人達と一緒に新しいことをやりたかった。そう思っている自分は間違っているんじゃないかと思い詰めて、結局就職を辞退してしまった。技師になるのは今の日本では正解だと思うと会社の代表に言われたけれど、今思うと諦めなければよかったのにと何回も思う。

国試の前日に泣いた。一体何の為に頑張ってきたんだろうと。嘘の自分を正当化する為に頑張ってきたのか。スタートアップで実力を磨きたかった自分をごまかして、いかにも放射線技師の方が大事な仕事のように騙した。親が金を払い、そこに行けと命令し、その方がよっぽど安泰だから、と言われた仕事は勤めてはや2年でまた辞めざるを得ない瀬戸際にきている。もう嫌になった。

技師は興味無さそうだよね、とシードアクセラレーターの人に言われた。技師って何が楽しいの?何が面白いの?って言われた。いかにも興味ありますと自分に嘘をついて騙して、本当は全然興味なかった。

興味ないことをいかに興味あるようにするかをずっと考えていた。

もうそういうところからそろそろ卒業しなければいけないのだ。

自分に嘘をつき続けるのはもうさよなら。

どんなに嫌われても恨まれてもいいです。僕の気持ちを邪魔しないでほっといてほしいです。

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必要ない人なんていない

この前、一緒に仕事に入った先輩の女子(年下)が俺にキレた。キレるのは何回目だろう。この子またかよって思った。

彼女にはアドラーを読むのをお勧めしたい。人間は他人の評価を気にするより、自分がどう思っているか、に焦点を当てた方がいい。他人の評価はみずもので、運で、どうしようもないから。

その女の子は、僕と一緒に入った時に、上手くいかない、混んでいて、早く回したいなという時に考えてしまう気質の子だった。自分はそういうたちであるのは分かっていたけど、早く仕事を回したいなと思って勝手に進めようとしたら、自分をないがしろにされた、と思ってしまったらしい。

「お前なんか必要ない」

と本当に渾身の力を振り絞ってそう言われた。ああそうですか、、とつぶやいた。

他人にそう言ってしまうということは自分への裏返しなのだ。自分が必要とされてないんじゃないか、と自分の中でとても焦っているのだ。本当はそんなこと気になんかしてないよ、誰も。勝手に自分で自分を追いつめてしまっているだけだから。敵なんかいないんだよ。そんな風に言わせてしまった「原因」は一体どこにあるんだろう。

教育学専攻卒業だし、人事的な側面で色々思うところもある。人事というか、そういう系の仕事してもいいな。コワーキングスペースもやったしな。全部自分でやるの超大変過ぎるけど。せいぜい、オフィスがちょっと広いから、良かったら使って的に知り合いに来てもらうくらいかな。

個人的には、今年いろんなことがあった。年度幹事会で色んな人としゃべったけど、個人事業主なの?と言われるくらい関係無いことも色々やった。金は1円ももらってないが。聞いてくれた同期は「ほんとカオスだね」と言ってくれた。

卓球、医療IT、画像解析、放射線技師、イラスト(グラレコ)の全ての分野で「こうこうこういう仕事があるんだけど、手伝ってくれない?」と言われた。もし、今の仕事を辞めても、その分いやそれ以上の給料は出すよ、と言われることもあった。断った仕事もあるし、細々と続けている仕事もある。色んな人達に恵まれて、色んなことに関わっている。

文章力を武器にメディアをやるというのも考えた。でも割に合わない気が最近している。

 

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医療ITを絡めたAIの仕事を出来るようになる、という路線と、卓球に関して詳しい発信者、何らかの事業開拓者になる、という路線がある。今は何も出来なくても、今頑張れば突出してその分野で出来る人になるかも知れない、というチャンスが色んなところであふれている。落としどころをどこにしようかな、と悩んでいる。難しい。必要ないと誰かに言われて落ち込んでいる場合でも無い。でも落ち込む。本業であんまり答えられてないし、同じ時期に卒業した友達の方がよっぽど色んな仕事をやっていることに落ち込んだりもする。

しょうがないので、勉強会に最近沢山行く。

好きなこと、得意なことを仕事にするのが一番理想だ。自分でものを作り、文化を作れたらいいなと思う。文化は長年やらないと築けないものだから、好きな人が没頭してやるのが一番良い。AIに対して、そこまで没入出来るのかなと迷う。やってないからなんだろうと思って、色々本を買って積ん読している。

けんすう氏が語る“遊びが仕事になる”時代の事業の作り方(http://logmi.jp/210079)

せっかく高校の友達がスタートアップやっているし、色々遊びに行って聞きに行ってもいいよな。。とか、色々考える。

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※けんすうさんが、前にRetweetする時、引用するときは本人に連絡するべきだ、と言っていたけれど、済みません。
 

必要の無い人なんていないけど、もっとずっと長い間誰かに必要とされる人になりたいよ!!

彼女いません。
 

 

 

 

 

 

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