双極的

浮き沈みはある。良い時も悪い時もある。

頑張らなくてもいい訳ではない。

ただ、袋小路に入る必要は無い。もっと開けている。

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無くしてしまったものは仕方ない

前職を辞めて、ハローワークに行ったり、転職活動していた頃、「放射線技師という職種があるぞ」と親に言われた。知らねえよ、と内心思いながら、親の働いている病院に見学に行く。

専門学校に入る直前の話だった。

病院の放射線科を見学させてもらった。ストレッチャーで入ってくる足を痛がる患者さん。ポータブルで出ていく一番若い技師さん。裏ではマーゲンの検査をよどみなく行うおじさん技師さん。MRIの検査をやっている技師長。

色々眺めている中で直感的に思ったのは、「この仕事もまた俺には向いていない」という感情だった。絶望した。親が親身になって考えて見学までさせてくれた職種は結局また俺がきっと出来ないことだ。ああ、もうこんな道進まなきゃいけないんですか。。

安定している資格という観点で、世間的には恵まれていると思われる。でも、わざわざ3年通ってものにならなかったら、、20代の一番エネルギーが出るタイミングを全部棒に振ることになると思うと、前職を辞めた時以上にしんどかった。ずっとそれを考えないことにしていた。

働き始めて1年余りが経つけれど、結論としてはやっぱり向いていなかった。全然駄目だった。もともと不器用で仕事を覚えるのが遅いのと同時にやる気も全然なかった。

元々自分は新しい仕組みを作りたかった。漠然としている?全く何も無かったところから、「こういう仕組みで価値を提供して継続してお金が回る仕組みを作ります」というのをガチで出来る人に出会った時、人生で一番感動した。この人についていきたいなと思った。5年経った今でも思い出す。国試の前日に、俺って一体何をやっているんだろうって涙がこぼれた。全然違うところに来てしまったって。

専門学校に入ってからは、勉強した資格を武器にして出来るプロジェクトとか無いだろうかと考えていた。医療ITのコンテストに出てみたり、医療系のベンチャーに応募してみた。一番近いところが、医療AIをやり始めたところだった。医療知識があれば、医療AIの分野で何かしら役に立てるンじゃないか。そうすると、技師として頑張ったことが、「仕組みを作りたい」というそもそもの目的にも向かっていくことになるから。。

でも、そもそも自分がやりたかったことを我慢してきたおかげで、今の仕事を真面目に頑張ろうとすればするほど、「そもそも何が好きでこの仕事をやっているんだ??」という気持ちが拭えなくなってきた。

色々な人に似たような言葉で言われた。「技師の何が楽しいの?」その時は自分なりに答えを返したけど結局何て言ったらいいか分からなかった。AIに代替されるんじゃないの?という話も何回か聞いた。親の勧めで選んだって言ったら、そんなやつと知り合いになりたくないと言われたこともあった。

だから、ずっとずっと技師として仕事をするモチベーションは低水準だった。医療者や教育者が読んでもおすすめという「ケアの本質」という本を読んだけど、全然ケア出来る立場にいないじゃん俺っていう感想しか湧かなかった。

「切るよ」「本当にお前何も出来ないなあ」「やる気を感じられない」色んな言葉をもらったけど、全てその通りだと思う。仕方が無い。

その代わり、こんな自分が出来る「ケア」って何なのかっていうことを考えてきたよ。

ストレングスファインダーを読み、しいたけ占いを読んだ。色々なものを試してみた。

「持っている才能によって、あなたは、人から曖昧で抽象的な事柄を分かり易くする人として頼りにされていることに気づいています。この能力は、人が複雑なアイデア、システム、問題、解決策、規則、手順、契約、設計等の意味を把握しようと苦労している場合に最も顕著になります」

「他の人ならちらっと見てそこまで詳しくはわかんないんだけど、あなたはちらっと見た時に色々なものを瞬時に捉えます。つまり。一瞬見ただけで入ってくる情報量がものすごく多くある人なのです。」

つまり、人より出来るだけ深い思考をすることで、急いで何か出来ない分をカバーして補ったり、人が気づかない点に関して手を差し伸べるとか、そういうことは出来るんじゃないかと思った。

何故情報量が多かったり、意味を深く捉えることが出来るかと言うと、その背景にある物語のようなものが分かるから。事前情報から、その人がどういう人なのか、何となく感じられる。

技師の読影補助もそれに近いところがあるだろう。より分かっていた方が、最終的な診断支援の情報は価値が高くなるだろう。

目の前の仕事、当直に入れない人間が何を言ってるんだよっていう話になっちゃうんだろうけどさ。

毎日120%くらい頑張っているけど、もうそろそろ潮時だ。

別ステージにさっさと行く準備をしてしまった方がいいのかも知れないよ。

 

 

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児玉イズム

関東学生卓球リーグ戦が始まっている。色んな思い出があるなあ。特に1部リーグ戦は水谷や大島選手のような世界選手権代表選手も参加していたので、見応えがあった。大島選手は今でさえテレビやメディアに取材され注目されるようになったけど、以前は「大学生の中ではエース」という感じだった。

早稲田大学は毎年優勝候補で、春秋のリーグ戦は水谷擁する明治大学と常にしのぎを削ってきた。春は早稲田、秋は明治が優勝というサイクルを繰り返していた。

しかし、4年で100勝した笠原、御内、高岡選手が引退した後すぐの春リーグ戦は早稲田にとって試練だった。見ていてハラハラした。早稲田は初戦から大苦戦だった。

今をときめく大島選手が1年目のリーグ戦。そして、狭山の藤原選手をはじめ引退した穴を埋める活躍を期待されていたのは言うまでもない。

その頃から大島選手のプレーはイケメンだったけれど、4年で100勝した3人の穴はなかなか埋まらず。

初戦の日大戦は3-3にもつれる接戦、ガチガチに緊張した矢野キャプテンがノリノリの1年生に負ける。次の駒澤戦も大接戦、またラストにもつれたところ矢野キャプテンが今度は接戦を制する。1勝するのがこんなに大変なのか、という感じだった。その後、早稲田はチーム力を高めて今でも上位に食い込んでいるのだが。

最後の最後まで諦めないファイティングスピリット。学生らしいスポーツマンシップを教えてくれたのは、学生リーグだったし、それを支える社会人の先輩達。うちの大学の監督は、名だたる企業で出世しているサラリーマンで、営業マンとしてピカイチだったが、卓球の監督業も全く手を抜かなかった。ほぼ毎週来ている時期もあった。全国の高校生や中学生をスカウトしてうちの大学で一緒に卓球をしようと熱く勧誘していた。

パステルのプリンを買ってきたぞと合宿所に夜スーツ姿でやってきて、腹をすかせた学生達にごちそうしてくれたこともあった。僕らが引退してから、学生の旅行の出し物として、各部員のめちゃくちゃ特徴を捉えた物まねをする、というのもやっていた。

奥さんや家族も凄く出来た人達で、本当に楽しそうに卓球の話をするのを聞いていたと言う。

何故こんなに僕らのことを面倒見てくれてたんだろう。ぶっちゃけ、仕事終わりに毎週夜どっかのタイミングで学生の部活を見に行ったことなんて無い。この貢献ぶりは常軌を逸している。別にプロスポーツでも無いから、監督業でお金が入る訳でもない。

それは、監督が学生だった時に「児玉イズム」を見てきたからだと。

会社員の仕事もアマチュアスポーツの監督業も両方に全力を入れる。そうすることで、人がついてくることを知っていた。決して楽ではないけれど。

監督は今でもバリバリ社会人として仕事をしているし、大学卓球の総監督もやっている。どれも好きでやっている。

それがいいのだ。

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違うはさみ

前職で言われたこと。君は違うはさみだったと。紙を切るはさみが欲しかったのに、鉄を切るはさみだったと。

でも、なんで鉄を切るはさみだって気づかなかったんだよ。。長く使っていくのに。。

鉄を切るはさみを使えるように考えるのが人事、上司の役割なのだ。僕に出来るのは、頑張ってモノを切ろうとすることくらいだ。

ただ、どんなに頑張っても、鉄を切るはさみは、紙を切るのに向いてないし、布を切るのに向いてない。人間とはさみの違いは、何を切るかを人は決められることだ。

よく分かんないけどな。。

 

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悪い人なんていない

同僚と飲みに行くと、あの人はどうだ、この人はどうだ、という話になる。良い話もあれば、あの人は苦手だ、あの人のこういうところが駄目だ、みたいな話があがることも多い。

苦手な人は誰しも1人はいるだろう。苦手だけど嫌いとは違う。でも、だから駄目なんだよねとその人がいないところで評価して、断罪して、結局本人のいないところでしか話さないのは違うんじゃないかな。諦めているなら、何も話さなければいいけれど。

自分は前職はちょうど今くらいの時期に、閑職になってやれる仕事がほとんど無くなった。2年目の後半は暇過ぎて辛かった。 1日の半分くらいはトイレにこもったり、ネットサーフィンしたり、近くの市役所をぷらぷらしていた。

そんな風になったのは、同期でも自分だけだったから、ああ、あいつは落ちぶれたな、みたいな空気になることはあった。というか、そもそも感覚が合わなくて研修とかでも1人浮いていた。研修の元B班元気だろうか?

何がいけなかったのか?仕事って世の中の為になることをするんだと思っていたのに、実は自分の会社が人を食い物にする会社だっていうことが嫌になった。

以前自社のエレベーターが不具合になった時に、全ての物件の点検報告を行政に出さなければいけなくなった。その時に、実は他の物件でも同様の不具合があるんじゃないか?ということが分かってきた。

エレベーターのような精密機械は安全運転して当たり前だとみんなが思っているから、それをきちんと保守して管理するのが私達の責任じゃないのか?

色々考えていくうちに、会社で働いていることが嫌になって、仕事を真面目にやらなくなった。元々不器用だったから余計に頑張らないといけなかったのに、全くそれをしなかった。

客先に行っても、「何でうちで契約しないといけないの?」と言われた時に、「うちでメンテすれば安全だからです!」とは自信を持って言えなかった。自社の駄目なところばかり目についた。みんな愚痴ばっかり言っていた。

そうして、仕事を適当にやっていたら、ある晴れた日に暇を出されてしまった。いざ追い出されてみると、自分一人で出来ることって何なのか全く分からなかった。

今はそれと比べれば、自分で工夫して考えれば考えるほど良い結果が返ってくるのがよく分かる。。 色んなところで知らない間に助けてもらっている。

やりがいを持って仕事が出来ている。

申し訳ないというより、嬉しい。仕事をまださせてもらってるだけ恵まれてるなと思う。

職場の中でなかなかマッチしない、孤立してしまう人はいる。先輩でも上司でも。 悪い人なんていない。

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技師

本当に自分の得意なところを前面に出せば、自分の役割を果たせるんじゃないかと思った。

みんながやめないでいることは難しいかも知れない。お金のこと、付き合い、色々な理由があって、出会ったり別れたりすると思う。ただ、誰かが必要としている限り、それに対して何かお返しがしたい。

先輩に一般撮影は頼もしくなったよねと言われたことが嬉しかった。おぼつかないところもあったけれど、何とか撮影は出来るようになってきた。細かい理論的なところは追いついていないけれど。

何故それをするのか、診断に関係無いことをしないことが、技師の勤めだとすれば、もっとつきつめなければいけないことが沢山ある。AIがこれから発達して、技師が出来る仕事を補完する。誰でも判断できる仕事はどんどんAIに任せていくことになる。

第三世代のニューラルネットワークを活用すれば、ある程度診断に近いことが出来てしまう。Google先生は8割方正しい翻訳をしてしまう。わざわざ全部いちから自分で判断する必要は無い。エモい(感情に訴える、心の琴線に振れる)ところが残っていく。

だからこそ、この先のところを考えている。AIを使われる側でなく使う側に回りたいし、エモいことをやりたい。得意なことを武器にお金を稼ぎたい。そして、自分が120%頑張れば、全部出来る環境にある。

第三世代のニューラルネットワークは何故それがその結果になるのか、それが本当に妥当なのかどうかを自らが判断出来ない。自己符号化器は結局誰かが決めているから、人の判断を越えることは無いのではないか、という意見も聞いたことがある。CNNなら、画像判定が人間の判断と全く違った結果を返してくる可能性もある。その場合は、どちらを良しとするか?文脈を知っている人がいると強いだろう。だから、技師をやっている意味がある。

皮膚疾患の診断AIをやっている医師の方に、自分は技師ですということを紹介した時、「技師は本当に大切な仕事、やりがいのある仕事です」と言っていた。膝のラテの写真を見ても、何でちゃんと内顆と外顆を揃えないんだ、といらっとしたり、逆に肺塞栓のCTをとっても、下肢の末梢の血管までしっかり綺麗に撮影してくれる技師さんもいて、ありがたいと言っていた。

AIが普及しても技師の仕事が無くならないのは、きっとそういうところにある。

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見捨てられる恐れ

最近咳が止まらない。掃除してない部屋の臭いに反応したり、布団や洋服をはたいたときに舞うほこりに反応したり。反射と言うより大脳辺縁系の働きなんじゃないかというくらい。パブロフの犬ってこういうのを言うんだっけ?

何か自分が見ようとしていないことがあると、それが身体に地味に響いてくる。他のところに徴候が現れる。例えば、部屋の汚さとかに。

色んなものを今日適当に整理して、マスクをしながら、風呂場やキッチンの下水を掃除して、本をあらかた棚に押し込み、落ち葉みたいに沢山落ちている髪の毛やほこりをクイックルワイパーした。

環境を整理することで見方が変わる。

一体何を恐れて隠してきた?

それは1年前から放置している卒業記念のDVDだった。家のロフトの上に置き去りにされている。(そういえば、同期のDVDも探さなくては、、)

事前に必要な写真データや動画データが再生出来るかどうかを実家のDVDプレイヤーで確認した上で複製コピーを業者にお願いした。何枚か送ったタイミングで、DVDプレイヤーでは見れないですよという人が出てきた。

動画の規格がDVD対応ではなく、たまたま自分の実家のDVDプレイヤーで見れたから大丈夫だと思ってしまった。

しかし、どの拡張子で対応したらいいのか正直よく分からない。YouTubeに限定公開しているから、見ようと思えば、いつでもどこでも見ることは出来る。ただ、「モノ」が欲しい人もいるだろう。たとえ見れなかったとしても。

DVD見れないし、送るの遅いし、なんなんだよという声があがるのは目に見えている。何か、他の動画を作って(新校舎も出来たところだし)URLを書いた紙を同封したり、先生から1年終えての贈る言葉を集めて手紙にして同封するといった埋め合わせをするべきじゃないかという考えは浮かんだ。

しかし、土日休みかけて、わざわざそれする気力が起きない。寝ていたい。

そうやって1年が過ぎてしまった。

母親にも、実家にいる時「そんな風に残しておいて、あなたは最低な人だね」って酷く怒られた。

分かっているよ、そんなことは。

本来やらなければいけないことをやらずに過ごしていることくらい。

前職でお世話になった就職するきっかけになった大学の先輩にも退職後全く連絡をとっていない。

合わない人とは何回やっても合わない。

疎遠になって、出会わなければ、僕がしたことをいつか忘れてくれるだろう。

そういう思いがずっとあった。

そして、同時に自分もいつか見捨てられるんじゃないかという恐れが身体のどこかにこびりついていた。

怖い。

だから、罪の意識を被っているのか。。

身体がきしむ。

身体が昔より衰えたんだなあと整体で身体を押してもらいながら思った。整体の方も、30代後半だったが、「30以降は調子がいい状態は頑張らないとキープ出来ないですよ」と語っていた。

卓球したり、何らかの筋トレ(自体重でもよい)をやらないとまずいなと思うが、めんどくさくてやらない。月6000以上も払ってジム行くのもなあ。

 

 

 

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