没ネタ

わりと時間かけて考えたのだけれど、今回はあえなく載せられなかったので、今後も色々考えてみよう。

特定の選手ばっかりニュースで取り上げるのでなくて、他にも沢山頑張っている選手がいるのだから、そういう人達にスポットライトを照らして欲しい。

<「大学デビュー」した選手>

張本のように10代から活躍する選手を見ると、大学選手はもう勝ち目はないのかと思うかも知れない。しかし、大学に入るまで世界では無名だった選手が花開き、世界卓球の代表を掴んだ例がある。その一人が大島祐哉だ。

 

<突然世界の舞台に躍り出た大島>

 

大島祐哉は学生卓球界から世界の舞台に躍り出た選手である。2014年のシーズンまで、大学生の試合ではほぼ負け無しだったが、世界大会での試合経験はあまり無かった。

 

筆者は、大島祐哉が早稲田大学の1年生の頃の姿を見たことがある。当時の4年生の矢野主将とリーグ戦前のウオームアップで全面のフットワーク練をしていた。

 

2011年まで毎年、早稲田大学は優勝争いをしており、春は早稲田大学、秋は明治大学が学生リーグ戦で優勝していた。明治大学には水谷隼がいたが、団体戦のダブルスで水谷隼に勝つ等、ほぼ互角の勝負を繰り広げていた。

 

<「エーストリオ」が抜けた穴を埋めた大島>

 

ところが、2012年は、前年度に3人でリーグ戦100勝する「エーストリオ」が抜けてしまった。毎春優勝していた早稲田大学は、この春の学生リーグで3敗し、何とか3位という順位をキープするにとどまった。

 

特に、「エーストリオ」の一角である笠原の抜けた穴は大きかった。彼は、同期で明治に入学した水谷以外には4年間全勝していた。馬龍をほうふつとさせる高い投げ上げサーブからの三球目が強く、両ハンドのブロック、ドライブも非常に安定している。試合を見ていても強過ぎるので、必ず勝つだろうと安心して味方も見ていられる。そういう選手だった。

 

そんな笠原が抜けた穴を同じ高校の後輩である大島が埋めるのは荷が重いだろうと筆者は当時考えていた。

 

大島選手はいつも「頑張っている」選手である。フィジカルを駆使して、オールコートをフォアで回るタイプ。サーブからの展開も笠原選手ほど良くはない。なかなか自分の三球目攻撃のパターンに持ち込めない場面が多い。

 

それでも、学生卓球のなかではほぼ負け無しだった。しかし、世界で勝てる実力はまだまだ足りなかった。2014年1月の世界ランキングは242位だ。

 

2014年当時、早稲田大学に所属している頃の記事が残っている。

 

【連載】春季関東学生リーグ戦直前特集 第4回 大島祐哉×山本勝也(早稲田スポーツ新聞会 2014/5/11)

http://wasedasports.com/feature/20140511_14632/

 

これは3年生の頃のインタビューである。「世界卓球に出ている丹羽君」というあたり、まだまだ世界を目指すというより、学生の試合のなかでどう勝っていくかということに意識が向いていた頃だと思う。

 

なので、4年生になって急に代表選手として活躍し始めたことは、筆者にとってはとても新鮮だったのだ。

 

<大学引退間近に世界のトップ選手に勝ち始めた>

 

大島選手は2015年になってから世界のトップ選手に勝ち始め、急激に世界ランキングを上げていった。

 

2015年4月の世界選手権(中国、蘇州)では、森薗政崇と組んだダブルスで、中国ペアを追いつめた。8月の中国オープンでは、シングルスでオフチャロフ、丹羽、荘智淵に勝ち、馬龍をセットオールまで追いつめた。

 

大島の世界ランキングは2015年9月には22位になり、日本選手上位5人のうちに入っていた。

 

大島選手のオールフォアで動き回って攻めるスタイルは基本的には変わっていない。しかし、そのプレースタイルを貫いて、世界のトップに勝つようになったのだ。大学の先輩である笠原選手をいつの間にか実力で追い抜いてしまった。

 

大学生のリーグ戦はたいてい9月の中旬に行われる。大島は、4年生の9月、ほぼ学生選手として引退する直前に日本代表になるチャンスを掴み始めたのだ。そして、2016年の世界卓球団体戦で代表を勝ち取り、決勝戦で中国選手と戦った。

 

大学生になってから飛躍的に実力を伸ばす選手はいる。しかし、4年生になれば、ある程度自分の成長度合いが分かり、いくら今から練習しても実力が飛躍的に上がらないだろうと思うのも仕方が無い面もある。

 

だからこそ、大島のように大学生から世界で活躍する選手がもっと生まれて欲しい。諦めなければ、世界で活躍するポテンシャルを持っている選手は沢山いるのだ。今の代表選手もたまたま世界で活躍するきっかけを掴んだだけ。

 

世界で活躍するには、今からだって遅くはないのだ。

 

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人を使ってなんぼだと思っている人

怒りは、自分が口に出したいけど出さないことが蓄積していくとそうなるという。大事にされてないなとか、言っていること違うよ、とかそういうこと。

普段から気にしているけど言わないことが多いので、ちょっとしたことで怒りが出てしまって、「意外と短気だよね」とこの前上司に言われた。でも、別に大事にしているよ、という意思が伝われば大して何てことは無い。

昨日、一緒に卓球のメディアやろうと声かけてくれた先輩が「ナカタクで飲むけど来る?」と言っていた。大事な話をしてくれるのかな、と思って「行きます」とすぐ返事した。

当日、ランニングの用事を同じ日に入れてしまっていて、そっちの方はキャンセルしたのだけど、やっぱりランニングに行けば良かったと思うくらい、自分がいらない飲みの場だった。

話の内容はだいたい聞いていたけど、あからさまに自分がいなくても話が進みそうな会だったから。どうすれば、うまく人を使ってPRをすることでバズるか、という話を色んなアイデアを交えながら話していたのだけど、俺の意見は特に必要無さそうだった。

「つまんなそうな顔するな、誘われただけありがたいと思え」と店長に言われたけど、誘った先輩を許せないなと思う。

この先輩は、早いタイミングで昇進し、人をマネジメントする立場に移った。その後は、専務など会社の重要な意思決定をするところで人を動かしていく立場をずっとやってきていた。

色々大変なことも続いて、個人的にもアップダウンが激しいところもあっただろう。起業したりすればなおさら・・・

ただ、どこかで「人は使ってなんぼだと思っているんじゃないか?」と、思ってしまった。

先日、ふと先輩が「介護なんて誰でも出来るから」というような言葉を話していた。いや、介護は誰にでも出来ないよ。高齢者は「大きな子供」みたいなものだ。大きい分、話が通じないと本当に手間がかかる。その人達の内なる声を聞いて、一緒に実現していく。それでいて、介護は頑張ってもなかなかお金にならない。

事業所を運営している人が、「これはビジネスとしてやっていても全然面白くないんだよね」と言っていた。介護の現場で人一倍頑張っている人達の給料は通常より安い。頑張った成果報酬は無い。やってもやらずとも亡くなる前のソフトランディングを目指していくので、あまり何もしない方がむしろ儲かる。。医療はその逆で急性期に色々やった方が点数が稼げて儲かる。。間違ったインセンティブがかかっている。

先輩が女子部監督をやっていた時、ある女子のOBとファミレスで話したことがあった。(たまたま居合わせただけだけど) その時、正確に何を言っていたのか思い出せないけど、「あの人は全然練習も見に来ないで、選手の状況も考えずに、オーダーを考えてる。人の頑張りを何だと思ってるんだろう。言葉が軽い。」みたいなことを言っていたと思う。その時は、あの人の一番良くないところだよね、とそのOBに話したけれど、馬力が欲しい大事なタイミングでいずれ命取りになるのではないか。

会社の代表は、「この人の助けになりたい」と思える人じゃないと駄目だというのをどこかで聞いた。僕は先輩の悪いところをカバーする為に必要な存在である気がする。でも、こういうことが続くと助けるのも嫌になってしまう。

…こういうことを本人に言えず、心の中に貯めていくから怒りが増えていくんだよな。。。

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矢野顕子さんはピアノしかひかない

自分に余裕が無くなると他人のことを顧みる余裕が無くなる。色んなことが億劫になる。

「創作あーちすと のん」に矢野顕子さんとの対談が載っている。矢野さんは生まれた初期の頃からピアノを弾いていて、ピアノを弾くのが苦にならない。ピアノを弾くことでしかお金をもらったことが無いらしい。

そういう風な感じで仕事をしたかった。

苦手に思えること、自分がやっていてどれくらい意味があるだろう、ということがある。自分なりの対応の仕方があるだろう。すべきことがあるんだろう。でもナチュラルじゃない。どこかぎこちないフォームで間に合わせている。

ぎこちなさが痛みになり固さになり、エゴになり、うまくいかない自分への恨みになる。

いいのか?それで。。

意気揚々と私が今の事態に対して私らしく対応し続けることで、見えることがあるのだろう。それを曇り無く見るというか。。

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星野源

色んなことやり過ぎだよって言われた。何か1つのことに絞ってそれを突き詰めてやっていかないと、それで飯を食べようなんて甘いぜ、ということを言われた。

そうだなと思うところもあったし、違うなと思うところもあった。

英語だけを勉強すればいいなら、何故国語、数学、理科、社会をやるのか。総合力というのは、あまり食い扶持にならないのかもしれないが、大局観は養うと思う。「大局観」がものをいう仕事って何だ、と思うが。。

星野源も、色んなことをやり過ぎだと言われたクチだと。だって、シンガーソングライターで、俳優で、文筆家だ。凄いと思う。

でも、よくよく考えてみると、思いついたことをどうやって表現するかのOutputの技法の違いなのだ。だいたい一緒だ。

自分の場合は、文章を書き、イラストを描くのが好きだ。スタートアップが好きだ。卓球も好きだ。医療も足を突っ込んでいる。

一番コアになっているところは、自分が作ったものが人をエンパワーさせることだと思った。誰も気づいていない現実に気づくことがスタートアップの醍醐味だという。それはどんな形でもどんな分野でもいいのだ。自分が経験し、体験したことの中で、問題意識として挙がってきたことをユニークなやり方で解決したいと言う思いがずっとある。

医療現場で働いていると、「そもそも何が原因で問題なんだろう?」というのが分からない。昨日のうちに明日の為に検査の事前予習をして、検査に関する勉強をして、頭でイメトレして。やってくる患者さんとは検査の時にしかあわない。辛そうなのに一人で来ている人、身寄りがあるのか分からない人がいる。そういう人ってどうしたらいいんだろう。

親父がよく家にいる時に病院に電話して看護師さんに指示を出したりしている。趣味でフルートとか弓道とかマラソンとか色々やっている。親父も多動だと思う。飯を食う為に医者になったらしい。夢追い人をやめたら、人生がつまらなくなったような話をしていた。子供達の為に金を稼ぎ、子供を養うのが俺の役割だった、ということも言っていた。手先が不器用な内科医だった。決して得意な職業ではない。

毎日訳の分からない英語論文を片手に持っていて暇があれば時間見つけて読んでいる。もう十分知識ありそうなのに、毎日勉強している。

でも、医療現場で本当にハッピーになっていそうな人がいない。良かった、という安堵と、何故助けてあげられなかったんだろうという悔しさと無念さ、あの人は今どうしているかなあという思い出、仕方ないよねという諦め、妥協。でもそういう気持ちを持ちながら、毎日患者さんの為に、何かをしてあげなければと思って日々仕事をする。目の前のボールを打ち続ける毎日。

だから、出来れば関わっているみんなが勇気づけられ楽しくなる仕掛けが欲しい。マネタイズできた方が良い。

ホームレスの方も炊き出しをするように、自分が有機的に関わって意味があるんだということを思えるような関係が大事だと思う。

http://beinspiredglobal.com/sisters-of-the-road

患者は自分が助けられてばかりで、弱くて、駄目な存在だと勝手に思わされている。何でだろうか?結局「かわいそう」と思われてばかりで。

日の目を見なかったものに対してスポットライトを当て、違う角度で照らし出すことをしたい。

例えば、最近考えたこと。宅配便はサンタクロースだ。元々プレゼントを配る人は誰からも愛される素敵な人のはずだ。プレゼントを誰かに渡すと言う行為自体が意味を伝え、メッセージを伝えることになるから、宅配をすることそのものが素敵体験になれば、それにお金を払う人が増え、受け取る側も渡す側も楽しくなるのではないか?要は宅配をUber化,Airbnb化するみたいな感じだ。誰に届けてもらうかを選べるみたいな。

Amazonは◯◯運輸はブラックだ、宅配便サービスは人をこき使っているみたいな批判を覆すサービスになるはずだ。

医療だって同じようなパラダイム転換が出来るはずなんだ。でも、そのやり方は全然分からない。色んな人が絡み過ぎて。。

卓球もそうだ。皆あれだけ必死になって卓球を頑張っていても、それを誇りにする文化があんまり無い。仕事にするレパートリーも少ない。みんな競技をガチで頑張って試合に勝つプロを目指すしか無い。あと、あんまり卓球やってない人とラリーして強過ぎると「ひくわ〜」みたいな空気になる。どうしたら、場を盛り上げるヒーローみたいになれるだろう?回りの観客を巻き込んで?

また、卓球を世界中に普及させていこうという広い視点が、今また卓球が活発になっているからこそ大事になる。

つまり、自分がたまたま長く関わったテーマとか解決課題に沿ってよくしていこうと思う。

 

 

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三田村さん

疲れたので銭湯に入っていたら、入れ墨の方が多かったので、早めに出てきた。すると、裁判沙汰に巻き込まれて脅されてどうしようと大声で電話するお客さんがいて、休みにきたのにいちいち疲れてしまう。そういうの、よそでやってくんないかな。

それで、家に帰って、卓球のYouTubeでも見て気分転換でもしようと思った。ふと大学の時にコーチをしてくださっていた方の今年の全日本の試合があったので見ていた。

三田村コーチは、元々日産にいた。日産自動車が実業団から撤退するということで、三田村選手も大変だったに違いない。ちょうどほぼ同じタイミングで?第一線を引退することになった。たしか2009年の東京選手権で学生界では負け無しだった早稲田の笠原選手にゲームオールの末に敗れた。最後はエッジだった。

ちょうど引退するかしないかのタイミングを狙って、監督は声をかけたのだった。人選は最高だった。

三田村さんは、オールフォアでがんがん動くプレーヤーだ。試合を見ていると毎回熱い気持ちになる。独特の間合い、重心を低くし相手を見据える構え、ポイントをとりたい時にどうとればいいか分かっている。がたいがいいのと、色々なところを怪我しているから、立ち向かっていくボクサーみたいな感じがする。

僕は、まさかプロで活躍していた選手が大学のコーチをしてくださると思わなかったので、どきどきしていた。直接コーチしてくれる時はあんまり無かったけど、かわいがってもらった。

今は神奈川県の座間の卓球場でコーチをしている。(申し訳ないけど座間は遠い。。。)

卓球を強くなる為に、大事なことを分かっていた。「◯◯打法」とか、これさえやればいいですよ、みたいな分かり易く強くなる方法を教えることはない。地道に強くなり、勝負に勝つ為に、どんな振る舞いをすればいいのか、ということを自分の言葉で語れる人だった。そして、当時の大学チームには、それに答えられる選手が沢山いた。松成さん、松井さん、河村さん、今井、堀、白井、、

三田村さんは、35歳になった。

三田村さんは吉田海偉とほぼ青森山田の同期だ。吉田選手は今年ベスト4まで勝ち上がり、吉村和弘とセットオールまでもつれる試合をした。まだまだ全然強いじゃねえか、と言う感じだ。世界でいうと、ティモボルも36歳、サムソノフは40歳くらいだ。未だに世界の卓球界のトッププレーヤーとして君臨しているのはマジで凄い。

なかなか年齢を重ね、身体の衰えを感じると、動けない自分の身体がもどかしくなってくるのだろう。最盛期の頃なら入っていたボールが微妙なずれによって入らないもどかしさ。

でも、三田村さんが戦ってきた姿は、忘れてはいけないような気がする。

お金のある人がパトロンとしてちゃんとついてくれたら、、三田村さんの心意気を勝って、全面的にバックアップして欲しかった。

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チャリで来た

小山薫堂さんの「考えないヒント」という本を読んだ。川田十夢さんがjwaveで最初にラジオを始めた時に応援メッセージを送っていた。「ARへの興味は…?」ということを話していたけれど、プログラミングという表現技法に絞って考えなきゃ、という感じが小山さんにはない。

実際に何か手を動かしてものづくりをするところは人に任せていく。

一人でやった方が、楽なところもある。

そんな小山さんがアイデアを出したりする時に銭湯に行くんだけど、”たまたま”見つけた銭湯「稲荷湯」が実はテルマエロマエとかに出ていた銭湯で、髪の毛1つないきれいな床に感動した、人を感動させるのはどのサービス業でも一緒なんだ、ということを言っていた。

それで、自分もこの前「稲荷湯」に行ってみた。行く前に「何時までやってますか?」と夜11時過ぎに聞いたら「1時までやってますよ」というので、雨のふる終電間際に行ってきた。北池袋駅から10分。滝野川3丁目らへん。一部改装してあったけど、古い建物のわりに綺麗だった。来る人たちも明るい感じがした。

さて、昨日も稲荷湯に行きたくなって、チャリで行けるかなと思って、チャリをこいで行こうとした。板橋駅のあたりまでは順調だったのに、上池袋から北大塚の方をさまよい、東池袋に出てしまい、雑司ヶ谷に行き、目白に行き、ぐるぐるしているうちに池袋の方に来てしまった。戻ろうとしたら、また目白に。違う。違う。

なんかチャリで筋トレする為に池袋まで来ましたみたいな感じになってきた。8時過ぎに出発したのに気づいたら10時過ぎになっていた。腹も減ったが、夕飯ミート矢澤食ったからやめた。

駅前の地図を見ながら、だんだんと地理を勉強した。なるほど、そうなっているのね。

やっと道を理解した自分は、何とか上池袋まで戻り、ついに北池袋へ!あとは、前に来た道を行くだけだ!着いた!と思ったら、となりのコインランドリーしか明かりがついていない。今日は休みだった。

しょうがないので、しぶしぶ帰ると、帰り際にブロック塀で囲まれたいかつい銭湯を見つけた。申し訳ないけど一番最初の感想は、「新しいスタイルの地獄ってきっとこんな感じだ」

1000円を渡すと、店番の人も全くこちらを見向きもせず、決められた額積んであるおつりを無造作にわきに置いた。地獄の門番は、私の懺悔をきっと聞いてくれない。

ロッカーとかも使える範囲だけど、全く手入れしてなさそうな感じがし、本当にここで全ての罪を清めなくてはいけないのだ、みたいな妙な緊張感が漂っていた。

 

 

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銭湯民族

さっきまで不条理なことに怒っていたんだけど、何に怒っていたのか忘れた。日曜日の夜が更けていく。

そうか、若者にお金が回らない。真面目に仕事をして昇給アップを目指すのは厳しいよね、どうしようかな、という話だ。合わない仕事を続けている時間はない。

好きな人とするのが一番ベストだという。年上の人がいいと思っていたけど、だんだん年齢的にどうなんだろうと思うようになった。超年上の(妊娠の可能性が無い)セフレを作れば、つけなくても誰としても大丈夫なんじゃないか、という一見鬼畜に見えて、全員ハッピーなんではないか、という考えを思いついた。今のは忘れてくれ。

小山薫堂さんの「考えないヒント」という本を読んでいる。考えるヒント、という本のもじりだ。

この中に、「稲荷湯」という銭湯の話が出てくる。ホコリ1つない床、ケロリンじゃなくてひのきで作った桶が置いてあると言う話、かっこいいぞ稲荷湯。と思った。今の家からだとさやの湯も結構近い。

一旦銭湯に入ってこよう。

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